「人の価値が上がれば旅館の価値も上がる」……“旅館らしさ”にこだわり業界を変えていく、「浜の湯」鈴木社長の想い ~後編~

―From PRADIME―
「PRADIME」の新シリーズ『From PRADIME』第1回は、旅館「浜の湯」の鈴木社長。前編ではリニューアルや設備投資の考え方についてお話を伺いました。後編では、「浜の湯」の特徴でもある“従業員のパーソナルサービス”力を中心に、鈴木社長のお話を紹介します。

<前編はこちら>

合理化と逆の発想を大切に。旅館は「人」がいるからこそ、無駄が最大の価値になる

―浜の湯さんの口コミを見ていると、「仲居さんにまた会いたい」などのコメントをよく見かけます。従業員の教育や採用についてもお聞かせいただけますか?

5年に1度設備投資をするとお話ししましたが、それはつまり5年間は我慢してもらわないといけないということなんです。施設はどんどん劣化していきますけど、逆に来館するほど満足度を上げるためにはどうすれば良いか。うちは、それを人に託したんですよ。

昔の旅館は、出迎えから料理提供、お見送りまで1人の仲居さんが担当していました。お客様との接点が多いからこそ強烈に印象付いて、お客様が仲居さんのファンになるんですよ。これは旅館最大の特徴です。でもバブル崩壊後、効率のために担当制を排除して徹底的に合理化を図ったんですね。食事も部屋出しを止めて、バイキングにして……。そうすると人件費は三分の一くらいに削れる。旅館が旅館らしくなくなっちゃったわけですね。

でも浜の湯では、それを徹底して継続しています。例えば料理提供の立ち居振る舞いっていうのは、和文化の象徴みたいなものです。日本人ですらこの光景を見たことがないんだから、うちの若い子が着物や羽織袴を着てきっちりマナーを守ると、本当に驚かれるんです。所作がしっかりしていればすぐに信頼は勝ち取れる。あとは、担当する従業員のお客さまに対する想いが強ければ強いほど、ファンになってくれます。ホテルでは得られないし、全世界の宿泊産業を見ても、ここまで徹底的な担当制なんてあり得ないですよ。これこそが本当の旅館文化で、これから先も継承していかないといけない部分だと思っています。だから、そういう旅館がこれから少しずつでも増えていくことが理想です。それが無い限り、旅館業は無くなってしまうと思いますよ。儲けるためには合理化するのが手っ取り早いけど、それじゃあ都心のホテルが地方で宿を営んでいるのと同じ。旅館とは言えないんです。

―旅館と合理化っていうのは相反するものなんですね。

担当制や料理の部屋出しって、無駄の極みです。でも、そこに人が介在しているからこそ、その無駄が最大の価値になるんです。

優秀な人材と組み、短期間で結果を出す。「自分で考える」パーソナルサービス

―新卒採用にもかなり力を入れていると聞きました。それはなぜなんでしょうか?

サービスレベルを上げるために、優秀な人と組もうと思ったからです。平成14年に、6億かけて露天風呂付客室を8室も増築したんですよ。当時、そういう宿は他になかった。だから脚光を浴びたし、稼働もすごかったんです。リニューアルに伴って料理も変わるし、サービスレベルも変えていかないとリピートしてもらえなくなりますよね。でも、60歳前後のベテランが変わるのは難しい。「今までこれで評価されてきたんだから、変えたくない」と言われてしまうんですね。でも設備投資の時期は決まっているし、変わるのを何年も待っているわけにはいかない。2~3年で劇的に結果を出さないといけないと思い、4大卒の積極採用をして優秀な人材を入れることにしました。新卒採用の目玉は、「お客様が望んでいるパーソナルサービスを究める」こと。完全担当制の近い距離感でお客さんと接するなんて、旅館以外のどの業界にも無いことですからね。新卒たちがどんどんお客様からお褒めの言葉をかけられるようになるのを見て、ベテランも少しずつ変わるようになりました。若手のパワーがベテランに勝ったんです。

―接客サービスを上げるためにどのようなことをしていたんでしょうか?

顧客カルテにあらゆる情報を落とし込んで、活用するんです。アンケートやネットの口コミなどすべてが保存されているので、従業員は自分の役割の範疇でお客様のためにできることを考えられるんです。たとえば、リピーターさんから予約電話が入るとすぐ顧客カルテに飛べる仕組みになっています。予約係はお電話を受けた時点で前回の情報を見れるので、「貝のお刺身が苦手だと思いますので、次回は代わりに地魚だけで船盛をおつくりしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」などとご提案ができるんですよ。するとお客様は、「そんなことまで覚えていてくれるのか。そこまでしてくれるのか」と期待感が膨らみますよね。あとは、当日のサプライズです。例えば、キリンビールが好きという情報があるなら、冷蔵庫のアサヒビールを黙ってすべてキリンに変えておく。こういう小さなサプライズを積み重ねていくうちに、お客様が気付いてくれる瞬間が来る。そこが接客のおもしろいところですよ。

うちには、接客マニュアルはありません。自分の接客ストーリーは自ら考えるんですよ。一番大切なことは、お客様とのやり取りの中で訪れる瞬間的な対応。状況を最も把握しているのは従業員なんですから、その子が自分で判断するのが最良なんです。「上司への確認は一切必要ないから、勇気をもってお客様が喜ぶと思うことに向かって行動してくださいね」と従業員には伝えています。コツは、自分に合わないことや取り繕わないとできないことはしないということ。自分の良いところは自分が1番分かっているんですから、自分なりの表現でお客様に接しましょうね、と。

―仲居さんの数だけ接客の形があるということなんですね。

来館回数を重ねるたびに情報が積み重なるので、パーソナルサービスがどんどん特別なものになっていくんですよ。つまり、他では同じサービスは受けられない。だから、他の旅館に行ったとしても「やっぱり浜の湯のほうが良い」と戻ってきてくれるんですよ。他の旅館は、浮気されたらされっぱなしなんです。戻ってきてもらうための工夫をしないと、直比率なんて上がりません。

コロナ禍、リピーターに支えられた数か月間

―パーソナルサービスが違うので、お客様によって浜の湯さんのイメージも異なるんでしょうね。続いて、現在コロナ禍で受けている影響についてお聞かせいただけますか?

うちは、他の旅館より影響は少ないですよ。3月も昨年比で90%以上は稼働していたんです。話を聞くと、60%くらいまで落ちてしまったという旅館ばかりでしたね。うちはリピーターさんが支えてくれているんですよ。ただ、緊急事態宣言が出て4月13日から6月18日までは休業しました。その期間は宿泊の売り上げはゼロです。これはとんでもない被害ですよね。でも、4月1日から開始した通販で2000万円以上の売り上げがあったんですよ。金目鯛を1万匹以上は販売しました。本来なら来て食べたいはずのものをわざわざ通販で買ってくれるというのは、ありがたいですよね。

だから、休業中の影響は他よりは少なかったと思います。6月19日に再開して、そこからずっと昨年比を越える稼働です。休業していた間に泊まりに来る予定だったリピーターさんたちが、戻ってきてくれているんです。

―通販のほかに、コロナ禍における対応で変えたところはありますか?

チェックインや会計を部屋で行うといった工夫はしています。大浴場も部屋数50に対してかなり広いですし、料理も部屋出しをすれば他のお客さんと一緒になるということは一切無い。そうなれば、館内で密が生まれることはほぼ無いですね。部屋出しなんかは昔からやっている部分なので、たまたま今の状況に噛み合っています。

「浜の湯」社長が考える、旅館業の未来。業界として人の価値を見直していく

―これまでの積み重ねがあったからこそスムーズに対応できているという部分もあるんですね。最後に、今後のビジョンをお聞かせいただけますか?

ここまでやったからには、業界を変えたいと思っています。変えるためには、確固たる存在感を築き上げないといけないですよね。この宿は一生涯守り抜きますし、そのために定期的な設備投資をしていきます。それができるだけの体力は常に持ちながら経営していきたいと考えてますよ。次の投資は、2022年です。そこでまた5億円ほどかけてリニューアルする予定です。

それから、運営する旅館を増やすことも考えています。旅館らしい体制で運営しているところを増やしたい。業界を変えたい1番の理由は、「旅館らしさ」のある旅館を増やしたいからなんです。全国の旅館経営者が、そういう方向に進んでほしいと思っています。旅館の価値というのは、つまり人の価値ですから。だからこそ旅館業はここまで存続してきたんです。「人」の価値を、また見直してほしいんですよ。

―人の価値ですか。先ほどから感じていましたが、鈴木社長はすごく従業員さんを大切にされているんですね。

施設は老朽化していきます。でも、人の価値を上げることで満足度を上げていくことができるんですよ。団体客に依存しなくても、個人客で成り立たせることができる、そのためには人の価値を高めていくことが大切なんだということを伝えていきたいですね。最近は講演に呼ばれると、若い従業員も連れて行くんです。そこでその子たちにも話してもらってます。自分たちがすごいことをやっているんだとその子たちに感じてもらいたいし、他の同業者さんにも感じてほしいんです。働く人の価値が上がれば、旅館の価値も上がります。


―鈴木社長が言うと、説得力がありますね。働いている従業員さん、一人一人が個性を出してお客様に尽くしているということが伝わってきます。


人が絡むことを変えていくのは大変ですよ。でもそこに寄り添わないと、人は簡単に辞めていきますからね。我慢や説得で体制や環境は変わりません。きちんと会話しないと、残る人はいませんよ。これをやりきることはすごく大変です。でも浜の湯ができたのだから、できるはずなんです。



伊豆稲取温泉・食べるお宿「浜の湯」
TEL:0557-95-2151
住所:静岡県賀茂郡東伊豆町稲取1017
http://www.izu-hamanoyu.co.jp/

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